コウメイ:第111回医師国家試験に非常に勉強になる心電図の問題がありましたので解説したいと思います。
現病歴:本日、午前9時、職場の会議中に心窩部から左前胸部にかけての締め付けられるような痛みが出現した。同時に咽頭部と左肩にも痛みを感じたという。そのまま安静にしていたところ、15分程度で改善したため様子をみていたが、午前9時30分、会議終了時に再び発作が生じた。これも15分程度で治まったが、症状が繰り返すため心配になって、仕事を早退して午前10時30分に来院した。
既往歴:10年前から高血圧症と脂質異常症で内服治療中。
生活歴:妻と2人暮らし。喫煙は40歳まで10本/日を20年間。飲酒は機会飲酒。
家族歴:特記すべきことはない。
現症:意識は清明。身長162cm、体重60kg。脈拍60/分、整。血圧140/80mmHgで左右差を認めない。呼吸数16/分。SpO2 99%(room air)。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦、軟で、肝・脾を触知しない。
検査所見:尿所見:蛋白(−)、糖(−)。血液所見:赤血球450万、Hb 13.3g/dL、Ht 40%、白血球6,200(桿状核好中球2%、分葉核好中球58%、好酸球3%、好塩基球1%、単球8%、リンパ球28%)、血小板18万、Dダイマー0.6μg/mL(基準1.0以下)。血液生化学所見:AST 32U/L、ALT 45U/L、LD 260U/L(基準176〜353)、CK 98U/L(基準30〜140)、尿素窒素11mg/dL、クレアチニン0.9mg/dL。心筋トロポニンT陰性。胸部エックス線写真(A)と心電図(B)とを別に示す。心エコーで前壁から心尖部にかけて軽度の収縮性低下を認める。
心電図所見で認められるのはどれか。
a 高電位
b ST上昇
c 右軸偏位
d 異常Q波
e 陰性T波
正解はeの陰性T波です。V1-6で見られます。
問題自体は簡単です。ではなぜ陰性T波が見られるのでしょうか?
胸痛があるし、何となくACSによる陰性T波じゃね〜?
と思われた方、まぁそれでも悪くはないのですが、もう少し深く考えてみましょう。ACSって何となく便利な言葉でつい使ってしまいますが、ACSの中の何なのでしょう?つまりACSは
- ST上昇型心筋梗塞
- 非ST上昇型心筋梗塞
- 不安定狭心症
に分類されますがこのどれなのでしょうか?それぞれ考えてみましょう
1)ST上昇型心筋梗塞か?
おそらくST上昇型心筋酵素ではないでしょう。まず来院時症状がないし、来院前の症状の持続時間も短いです。来院後の検査で心エコー以外異常がないのも非典型的です。そもそも心電図にST上昇がありません。
いやいや、心筋梗塞ではそんなにすぐに検査で異常が見られないんですよ。だから、心筋梗塞を否定してはいけません。知らないんですか〜?
と思われた方、いいご指摘ですが、もう少し考えてみましょう。
もちろん、心筋梗塞はすぐに検査で異常がでないので否定するのは慎重にしなければいけません。本症例も心筋梗塞を完全に否定することはできません。
しかし、しかしです。仮にこれが心筋梗塞だとして、なぜ陰性T波があるのでしょうか?
心筋梗塞で陰性T波は見られるっしょ!!
と思われた方、ちょっと待ってください。確かに心筋梗塞で陰性T波は見られます。しかし、心筋梗塞でまず見られるのは陰性ではなく、高いT波です。その後、
ST上昇→異常Q波→ST正常化→T波の陰転化→陰性T波
となります。T波の陰転化は数日後から始まり、約1週間位で完成し陰性T波になるとされています。この陰性T波を冠性T波と呼びます。ちなみに異常Q波は基本的になくなりません。
よって、この心電図の陰性T波が心筋梗塞によるものであれば、冠性T波であり少なくとも数日は経っていることになります。また、異常Q波とセットで見られるはずです。
本症例は発症後1.5時間であり異常Q波も見られません。よって、この陰性T波は心筋梗塞が原因の可能性は低いと考えられます。
2)非ST上昇型心筋梗塞か?
そもそもの定義ですが、非ST上昇型心筋梗塞の定義は
トロポニンの上昇があるがST上昇がない
です。
本症例ではトロポニンの上昇がありません。よって非ST上昇型心筋梗塞と診断はできません。
もちろん、発症から時間が経っていないので否定はできません。ただ、来院時に症状がなくかつその時に陰性T波があるのは少し合わない気がします。
3)不安定狭心症か?
それでは不安定狭心症でしょうか?不安定狭心症なら来院時に症状が治まっていることや、血液検査で異常がないことは合います。
しかし、普通不安定狭心症の心電図と言えばST低下です。さらに言えば、症状のあるときにST低下が見られるのです。よって、これも合いません。では、この患者はACSではないのでしょうか?
結論から言えばWellens症候群が最も考えられます。
4)Wellens症候群
Wellens症候群は不安定狭心症のひとつです。不安定狭心症なので突然症状が出現し、自然と治まることがあります。
普通、不安定狭心症は症状があるときにST低下(+陰性T波)が見られますが、Wellens症候群は症状があるときはほぼ心電図変化が見られません。しかし、症状が治まったときにV2-3を中心に陰性T波(もしくは二相性T波)が見られます[1]。
心電図所見からはあまり大したことがなさそうですが、Wellens症候群は前下行枝の近位部狭窄が原因とされていますので超重症です。
本問題では症状があるときの心電図がないのと、CAGの結果がないので、Wellens症候群かどうかは分かりませんが、可能性は高いのではないかと考えています。少なくとも、Wellens症候群というものがあるというのは覚えておくときっと役に立つと思います。
以上、ACSについてのちょっと詳しい解説でした。
【参考文献】
1.石野.心臓2015;47:993-999